72の場所

モラトリアム青年が何かを見つける物語 僕と僕の周りのすべて

ホームに落ちた人を助けて死にたい

いつものように今日も満員電車に行列を作る。
時計を見るとこの列は4分待ちだそうだ。
 
ちょっと前まではこうしたちょっとした時間にはスマホゲームをするのが習慣になっていたが
最近はそんな気もせず、視線はその延長線上、向かい側の線路をぼんやり眺めていた。
もうすぐ電車がくるようでエスカレーターそばがやたらと混雑している。
 
それがぼやけて見えるのは陽炎なのか、僕の認識なのか、は定かでないが
ここのところ僕の頭は見ることをサボってとあることを夢想していた。

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昔、どこかで目にしたのだが芥川龍之介は遺書に自殺の動機として
「何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」と記している。
 
つまるところ「ぼんやりとした不安」が彼を毒殺せしめたのだ。
 
別段読書少年でもなかった自分はどこでこの一節を目にしたのかは覚えがないが
当時はよく分からないなあ、という印象とともに覚えていた。
 
「ぼんやりとした不安」
 
今なら身を持ってわかる。
 
いや、分かるというのは傲慢だろうが、察することはできる。
 
「生きるために生きている地獄」というものは存在するのだ間違いなく。
 
次に僕は幼いころ何気なく感じた疑問を連想した。
 
勇者は魔王を倒した後、どうなるんだろうと思っていた。
 
その当時はただただ続きが気になる、
もっと遊びたいといったピュアな疑問だったが
今の自分には現実味を持った問題としてもたれかかる。
 
魔王を倒し、世界に平和をもたらした瞬間は人々から祝福を受け感謝されるだろう。
しかし、その後、魔物との戦いが終わり平和になった世の中に勇者なんて必要なのだろうか。
 
人間以上の魔王を倒してしまった自分のことを民衆は受け入れてくれるのだろうか。
 
そもそも平和な世の中がやってくるのだろうか。
 
きっと今度は人間同士の戦争が始まり、
 
世界を救った勇者は強力な兵器として、
自国には利用され他国からは狙われるんじゃないか。
 
もちろんゲームはその疑問には答えてくれず、
起動するといつも魔物の渦巻く世界が勇者を迎えてくれている。
 
しかし、現実はそうではない。
 
人間生きていると波がある。
 
今日は嫌なことがあっても明日はいいことがあるかもしれない。
明日はいいことがあってもそれ以降は死ぬまで嫌なことしかないかもしれない。
 
善く生きるとは善く死ぬことであり、
じゃあ僕はいつどうやって死ぬべきなのか。
 
僕が一番可哀想だと思う死に方は孤独死という奴だ。
 
誰にも気づかれることなく一人でひっそり死んでいく。
骨になってからやっと見つかる。
 
その死の間際。何を思って一人で死んでいくのだろうか。
 
それを考えるととてもいたたまれない。
 
仮に学生時代モテモテだったとか、若いころお金持ちだっただとかあったとしても
最期がそれだったら「いい人生だったな」などととても言えないだろう。
 
逆に「ああ、生きててよかったな」と最期に思えれば途中何があったって
幸せな人生だったといえると思う。
それは例えば他人が悲しんでくれるとか、
とにかく自分の死にできるだけ無関心でないことだ。
 
そうならば人は、人生の絶頂で死ぬべきではないのか。
あるいは絶頂の希望を抱きながら生きるべきではないのか。
 
僕は青春時代の絶頂にこれから先、生涯、行き着くことはないだろう。
 
あの時うっかり死んでいれば多くの人が悲しんでくれただろう。
今はどうだ。これからはどうだ。
 
ろくに積んでこなかった僕は、
自分でなくてもできるような楽しみのない仕事を淡々とこなす。
かといって新しく何かをするだけの度胸も金もない。
誰かと果たさなければいけない約束もない。
休日にちょっと遠くに出かけるときは楽しいが
結局は何もない家に帰ってこないといけない。
 
八方手詰まりなのだ。
 
これが僕に憑りついている「ぼんやりとした不安」。
 
今、何故生きている。
 
親を悲しませたくないから。
予定が崩れると人に迷惑がかかるから。
惰性。
 
他には、他には。
 
 
「あ」
 
 
ぼやけた視界がしばらくぶりに像を結んだ

向かいのホームから人が落ちた
思わず体が動いた
正義感ではない
その人がなぜ落ちたのかはどうでもいい
あの人を助けたい
この先通常ではどうやっても至らないであろう絶頂へと
僕を連れて行ってくれる何かへの期待
 
逆転不可能の後方集団を走っていたと思ったら
突如、目の前に一位のゴールテープが現れたような
 
幸い、電車との距離はまだそこそこある。
線路上のその人を抱えてホームの下の隙間に避難させる。
 
あれ、もしもここで残念ながら僕が死んだら。
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